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道は続くよ・・・・どこまでも♪ [ノルディック・ウォーキング]

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文化の日、この日も会社の面々とノルディックウォーキング!

安曇川周辺の歴史探訪。
この辺りは継体天皇の縁の地でもある。

前回は余呉湖だったが、今後はびわ湖周辺。
ところがこの継体天皇の縁のポイントは湖から離れた平地から山裾に点在しているので、
今回は平野部をひたすら歩く一日だった。
13kmぐらいかな?

琵琶湖周辺の平野部は、山裾まで田園風景が広がる、
とても広々とした景色だ。

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農道も道路も、ひたすら山裾まで真っ直ぐに伸びているところが多い。
山間部の多い関西には珍しい景色のような気がする。

この広い道を歩くのだが、
真っ直ぐで、先が見通せるぶん、近いようでかなり遠い。

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しかもこの日も夏日で暑いのなんの・・・・・
11月やっちゅうに!!なんでこんな暑いねん!!
そんな愚痴もこぼしながら、気持の良い田舎町を歩く。

ランチはT記者がオススメ(?)とお弁当屋さんに勧められたお弁当を食べた♪

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松茸弁当♪
蓋をあけるとほのかに松茸の香りが・・・・・
程よい味付けで、疲れた胃袋でも完食できた♪

この日は平地でアップダウンもなく、
どこまでも続く真っ直ぐな道を歩く面々を
ファインダーから見て、「まるでステンバイミーのシニア版や(笑)」と
つぶやいてしまった(笑)

田植えのシーズンや稲刈りのシーズンにこの町を歩くと、
日本の原風景に出会えるのではないかと思う。
ぜひ、ウォーカーもライダーも静かな町を、
静かな心持ちでのんびり訪れてみては?

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NW days 山の辺の道を往く 〈其の四〉 [ノルディック・ウォーキング]

小雨が止まない道をT記者の先導で歩くこと数分。

「この辺でお昼にしよう」
と着いたのが『相撲神社』

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みんなでお弁当を広げた場所が、かつての土俵だったらしいけど、草の生えていない地面だけだった。
この場所は相撲発祥の神社で、垂仁天皇の前で当麻蹴速(たいまのけはや)と出雲の野見宿禰(のみのすくね)が相撲をとったと言われるところだそうだ。
地面は小雨で濡れていたけど、だれもいない、我々だけの静かな空間に桜がほんのり香り、チラチラと散る花びらが情景を演出して、気持ちのいい花見をしながら、和気あいあいな昼ごはんタイムを過ごせた。
神社を出る時に、不祥事の続く、相撲業界の方々にここに来て、始まりの志を感じて欲しいよね~など口々に言いながら次へと歩き出した。

「ここへ来たら、ぜひ見せたいものがある」と、T記者が思いも寄らないあぜ道にそれた。
あぜ道に、目立たずそれはあった。
『神籬(ひもろぎ)』である。

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『神籬(ひもろぎ)』は神霊の降臨する依代、神籠を設け神祭りが行われた場所だとされる。
・・・・・ってかこんな田んぼの中に?と思うが、その昔は違う風景だったのだろう。山の辺の道が歴史的にも記録として残るほどの、当時では一番の賑わいのあった道なのだろう。その道の支道の一部にあったとしたら、それなりに目立っていたのかもしれない。(とは思うけど、想像できませんが・・・^^;)

景行天皇稜である『渋谷向山古墳』にやってくると、古墳を取り巻く堀に土筆がここぞとばかりにニョキニョキと生えていた。が、画像は割愛です。

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古墳はとても大きく、全容は写せません(^^;
この古墳の周りを歩いただけで、敷地に踏み行ってもいないので、また、ここもいずれは・・・・と思う・・(笑)

おたおたしていると、前方ではすでに開設が始まってしまっている(^^;

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聞き逃してしまった(ーー;

ちょっと珍しい古墳があるから、と先導されて着いたのは『櫛山古墳』

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古墳の手前の池がやたらと綺麗だ!

さて、この古墳、外観ではなんのjこっちゃ??という感じである。さらに、その古墳に登ってみると・・・・・??整備された雑木林?という感じだった。しかし、T記者に頂上で説明を聴くと、このなんの変哲もない場所が、列記とした古墳に見えてくるのだ!(笑)
この『櫛山古墳』は双方中円墳とよばれ、非常に珍しいのだそうだ。
たしかに、知る限りの古墳は前方後円墳だ。先程まで見てきた古墳はみなそうだ。
この『櫛山古墳』の頂上部分がくぼんでいる。これは発掘調査をする以前に盗掘された名残で、古墳でこういった地面のくぼみがあるときは盗掘されて地盤が下がってしまったものが多いらしい。

先に見た景行天皇陵にくらべ、なんだが扱いが雑のような・・・・と思ってたら、宮内庁が天皇とのゆかりの古墳かどうかを認めることで、その扱いも調査もかなりちがってくると教えてもらった。宮内庁が認めた古墳はさらに調査であれ、許可無く立ち入ることもできないとのこと。

ここで、山の辺の道からそれることに。
なにしろ時間的にこれ以上先へはいけそうにない。
「思ったより進めなかったね」とT記者。
そりゃそうです。何しろ話し始めたらその場に15分以上はいるわけで、何カ所もそれで止まってたし・・・・・一日で16キロは無理と、T記者以外は言ってましたやん・・・・・(^^;

田舎道のような崇神天皇陵の横を歩く。

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素通りとなってしまったので、ここもまたゆっくり見に来なきゃね~

市街地に近づいて、ふと足元を見てみると・・・・

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どうやら山の辺の道のタイルは市ごとに柄が違うようだ。
これは天理市の道路。

最後にここは外せない!という『黒塚古墳』に着いた。
まずは展示館でT記者のレクチャー。

ここでは三角縁神獣鏡が1998年に多く出土したので有名になった。

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この古墳での鏡のあり方が話題にもなった。

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画文帯神獣鏡が被葬者の頭のところにお彼、それが南に向いているのに対し、他の三角神獣鏡は左右に鏡の正面を外向きにして埋葬された状態で発見された。つまり、今まで、三角神獣鏡が最も鏡の中で最高位と思われていたものが、左右の列に配置されていたのである。これには当時の考古学において、卑弥呼の絡みも含めて話題になった。そういった意味で、この『黒塚古墳』は興味ある場所なのだとか・・・・

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この古墳は外から見て、とても整った形をしている。
小さくてもまさに古墳!である。
症状からは奈良盆地が見渡せる。

・・・・・・(^^;

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地面になにやら解説図らしきものを描いて説明中・・・・
どうやらT記者はポールの使い方をマスターされたようだ(笑)
歩くときも説明する時も、ちゃんと使ってる。ウォーキング&指示棒として・・・(笑)

そして、この古墳を後に帰路へとついた。

最後に、社長が「ちょっとビールでも」と奢ってくださった。

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「ただし、この日に撮った画像をどう扱おうが文句なしを条件にやで」との条件で(笑)

歩いた後のビールは美味い~
お好み焼きも♪

ちなみにほんまはS氏とマハロおやじさんと私は「鶴橋の焼肉でいいですよ」って言ってみたのだが、「鶴橋で焼肉なんて食べたら高くつくから、お好み焼き」と社長に一喝されて焼肉は夢と消えてしまった(笑)
すんません、ただでさえおごりなのに・・・・こんな自由気ままなメンバーで、好き勝手言いまして・・・・・(^^;

気持ちも軽くなった帰り道、電車の中で、T記者とS氏の歴史トークが続き、ほわわんとした気分でそれをぼんやり聞いて、歴史の面白さもちょっとは味わった一日が終わっていった。


この翌週、T記者と晩ご飯を食べていると『山の辺の道って奈良(春日大社)まで続いているんだよ」というので、じゃぁ最後まで歩いてみましょう!と言う事になり、今度の土曜に第2弾のNWで山の辺の道を行くことになった。こんどこそ前予習せななぁ・・・(^^;

NW days 山の辺の道を往く 〈其の三〉 [ノルディック・ウォーキング]

この山の辺の道の中で私的に一番訪れたかったのが、次のポイントである。
『檜原神社』

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崇神天皇の御代、皇居内の同床に祀り継がれてきた天照皇大神の御神霊を豊鍬入姫命に託し、倭笠縫邑に遷し祀られたが、当地・檜原の岡が、その倭笠縫邑であるという。
天照皇大神の御神霊は、その後各地を移動して最終的に、現在の伊勢神宮へ祀られたことにより、当社は、元伊勢とも呼ばれている。
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社殿や拝殿はなく三つ鳥居があるだけのこの神社、これこそ祈りの原型じゃぁないか?なんて思ったりする。
祈る対象は姿をもたないのだ(たぶん・・・・)
祀られている神の名はあるけど、だれもその姿を見ていないから、そして、神の姿を偶像にすることは神を神でなく人間の世界へと貶めることになるから、と考えていたんじゃないかと思う。それだけ、信じる神を敬い奉ってたのでは?そんな私的な発想で眺めてしまう。

ちなみにこの檜原神社で調べたらあのしめ縄でできた鳥居のことを『注連柱(しめばしら)』というらしいことがわかった。さらに横に張られたそのしめ縄を注連縄というらしい。(これで少しは知識になったかな?なんてね♪(笑))

そして、ここでも注連柱だった。

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この注連柱の向こうに、天気さえよければ『二上山』が見えるのだそうだ。
そこに夕陽が沈む情景はとても美しいとのこと。・・・・う~ん、見てみたい。

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二上山について解説板があったので、それをちょっと引用してみる。

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トロイデ式火山。右側の雄岳の山上には大津皇子のお墓がある。大津皇子は天武天皇の皇子だったが、あまりにも優れていたため謀反の罪を着せられ24歳で亡くなる。
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この時、天皇の系図を見てたのだが、T記者のうっかりしてた・・・との一言に気づくのは説明を聞いてからだ。歴史に疎いのがバレバレ(笑)もらった系図は大津皇子が次項にと指定されていた。つまり、まだまだ系図は続くのだが実は途切れていた。(^^;

この檜原神社は大神神社の摂社とのことだが、かなり離れている。なんでだろ?
大神神社にはたくさんの人とあらぬテントにガックリしただけに、この檜原神社の静けさと粛々とした三の鳥居の佇まいがとても美しいと感じた。また、天気のよい時に訪れてみよう。注連柱の向こうの二上山と夕日も撮ってみたい。

檜原神社を後に山の辺の道を進むと、『大和の青垣』にやってきた。

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霧がまだ山を覆っていてしっとりとした桜の花の色が、
萌木の中に春の落ち着いた空気を演出している。
こんな情景に古人が歌にしたのだろう。
なんて情緒の深い人達だったんだろうなぁ。
なんて、思いにちょっぴり浸ってしまった。(笑)

懐かしいようなとても静かな春の風景に、一緒に歩く男連中が、なにやら行く先々でごちゃごちゃと会話している。何?と聞いてみると・・・・・「あの花はなに?」とのこと。

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・・・・・春の野の花の名前を言い当てごっこしているらしい。
ってか、知らんの?(^^;
で、あれこれと名前を教えるのだが、S氏にいたっては「あれ?これなんやった?」と繰り返し聞いてくる・・・・・なので、あれはなんやったか覚えてる?と先に聞くことにした(笑)これをネタに5/11のツアーでおちょくってやろう♪と策略中(S氏はそのツアーの添乗員なのである)。

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山の辺の道のところどころに和歌の碑がある。万葉集とか和歌好きにはこの碑をメインに歩くのも楽しいのだろうな。私にはさっぱりなんやけどね。(^^;

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こんな風景の中、賑やかにNWで歩くのは楽しいもんやなぁ。
社長が我々の後先へとチャリでついてくる。もちろん商売で画像がいるから、我々がモデルである(笑)

景色のよい峠にやってきた。

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このアタリのクローバーの葉っぱの模様がきれいだったので記念に。
この植物も個性があるようで、場所ごとに葉の柄とか色が違うようだ。詳しくは知らないけど、近所の公園とはまた違った柄なのである。

峠から眺める桜井の街。

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右から順に「箸墓古墳」「耳成山」「天香久山」が並んでいる。
どれもこれも歴史で聞き覚えのある名前がずらりと並んでいる。いずれはあの山々へも登ってみたいなぁ。大和三山と言われ歴史的にも重要な場所なんだし・・・・・。

景色を撮りながらゆっくり歩いていると、置いてけぼり(笑)
先の方でまたまたみんなが何かを見ながら止まっている。どうやらT記者の解説が始まったらしい。慌てて駆け寄った。

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考古学的に話題となった『纒向』
ちょうどこのあたりは巻向川が流れており、街中で『纒向遺跡』が見つかったのである。
大和以外にももっとたくさんの遺跡や歴史が眠ったままなのだろうけど、明確な記録として残されているのがこの奈良からの歴史なのだから、だれもが注目するのは致し方ないかもしれない。

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山の辺の道には至る所にこう言った解説板がある。歴史に疎くても、聞いたことのある地名や名前を見つけては、こうやって読んでいると知った気分になれて、歴史が面白いと感じるものである。

この場所から見下ろす奈良盆地。晴れていたなら、素晴らしい眺めなんやろうな。天皇の宮が作られていたぐらいやから・・・・・・

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また、天気のよい時を狙って再来するか・・・・(^^)
どう?相方さん、遠いから大変やけど(笑)

正午を過ぎて、ちょっと空腹になり始めたメンバー。
それを背後にT記者がお昼ポイントを目指して歩速を早めていく・・・・

(・・・・・懲りずに、まだまだ続くのである)

NW days 山の辺の道を往く 〈其の二〉 [ノルディック・ウォーキング]

山の辺の道は相変わらずしっとりと霧のような雨が止まない。
おかげで暑くてもジャケットが必須。
T記者を先頭に、各々が撮りたいシーンを撮り、好き勝手な会話で和気あいあいと歩く。

ちなみに、なぜ、古代の人は盆地の平坦な場所に道を敷かなかったのか?
そんな話をT記者が語ってくださった。
現在の奈良盆地は市街地になっているが、その昔は湿地だったらしい。
その湿地にはヒルがいたりして、歩行困難な状態だったため、
山際の小高いところを安全に快適に通行できるように作ったのが、
今ある、山の辺の道なのだそうだ。

現在と過去の情景がかなり違ったものだったのだろう。
今の景色からは湿地だった頃を想像するのも難しいけどね。

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ご神体でもある三輪山が見れないのは非常に残念。
だが、おかげで観光客も花見客も少ないのがありがたい。

ところが大神神社(おおみわじんじゃ)に着いたら、あまりの人の多さに驚いた!
なんと、この日、大神神社で春の祭りのようなものをしていたのである。
おかげでテントが境内に目一杯に広げられ、ちょっぴりガックリ・・・・・

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と、カメラを向けて気がついた!
なんとこの鳥居には締縄だけが張られている。
あの鳥居の上にかかる上下の木組みがないのだ。

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人混みを避けながら、山の辺の道から少しそれて『若宮神社』へと向かった。

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祭神:大直禰子命、少彦名命、活玉依姫命。 南向。
由緒:大神神社摂社。明治前は、大御輪寺(だいごりんじ)大神神社神宮寺。
大御輪寺は大神寺と呼ばれ草創は奈良時代まで遡る。鎌倉・弘安8(1285)寺号を大御輪寺と改め、その後若宮別当寺として明治の神仏分離まで続く。本堂内陣に十一面観音、地蔵菩薩の本尊があり東北に神座があったとされる。この神座があり取壊しを免れたと言う。
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このちょっと変わった神社(実は寺でもある)が神仏融合・分離という歴史的検知からみるといいらしい。
(難しいことはさっぱり理解不能でしたけどね(^^;))

ここから再び山の辺の道に戻り『狭井神社』へ向かった。

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祭神:大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)・大物主神(おおものぬしのかみ)・媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)・勢夜多々良姫命(せやたたらひめのみこと)・事代主神(ことしろぬしのかみ)
本社の荒魂をおまつりしている、延喜式神名帳に記される古社。古くより、華鎮社(はなしづめのやしろ)と称され、病気を鎮める神としての信仰が厚く、ご神水の湧き出る薬井戸がある。
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雨がまた小雨となり、神社の境内の賑わいもちょっと寂しく感じる。
この神社も鳥居には締縄が・・・・・。
この神社から神体山(三輪山)への登山道があるらしいのだが、この日は残念ながら春の祭りということで入山禁止になっていた。(--;

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境内は大神神社からの流れでかなりの人が入り交じっている。
そこに社長もカメラ持って混じっているし(^^;

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この神社には有名な湧き水がある。
『薬井戸(くすりいど)』
狭井神社拝殿の左手にあり、ご神水が湧き出ている。神社の説明によると、この霊泉は万病に効くと古くから伝えられているそうだ。

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一応、私も飲んでみた。
軟水なんだろうなぁ。キーンとした味ではなく、ぽわわ~んとした感じ。でも顎の裏にペタリと張りつく感じの水感。・・・・・って分かりにくい表現かも(^^;
ご利益あるのかな?薬井戸って呼ばれるぐらいやし、
いま抱えてる病気に効果あれば・・・・・なぁんて考えてもいないけど(笑)
信じるものは救われる!やね。(^^)

狭井神社から『神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑』に到着。
そこでは可愛いお出迎え♪

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このニャンコと戯れているうちに、T記者の解説が始まってしまった・・・・・
途中からの傍聴なので全容がわからない(^^;
で、後日改めて調べたのでメモとして載せておきます。

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『神武天皇聖蹟狭井河之上顕彰碑』

 葦原( あしはら)の しけしき小屋に菅畳(すが
 たたみ) いやさや敷きて わが二人寝し

これは、東征の後に橿原の地で即位した神武天皇が、大久米の進言によって、狭井川の辺で見初めた比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)と一夜を明かした時の歌で,「古事記」中つ巻にあり、それを記念して碑が建っている。

簡単な解説が終わり、次なるポイントへ移動が再び始まった。

(というわけで、まだまだ続くのである (^^;))

NW days  山の辺の道を往く 〈其の一〉 [ノルディック・ウォーキング]

しとしと雨で明けた4月9日の朝。
なかなかスッキリしない天気にちょっぴり憂鬱になりながらも、
身支度を済ませ、相方とバスに乗り込む。

実は会社の人達と『山の辺の道』をノルディックウォーキングするのである。

昨年の柳生街道に続き、山の辺の道も行きたいとT記者に話していたこともあって、
せっかく始めたノルディックウォーキングも兼ねて・・・・と相成った。
さらに、今後の計画のためにもまずは身内で・・・・という、イベントへの調整も兼ねていた。

少々早めに出発したせいもあって、予定より早く到着するだろう・・・と相方と話しながら乗り継ぎ駅で歩いていると、背後から「おはよう」とT記者の声。どうやら、同じ電車だったようだ(笑)
3人揃って、ゆらゆら電車に揺られ、止まない小雨を気にしつつも、車窓の向こうに見える景色にT記者の話が弾む。耳成山、天香久山・・・・万葉の歌に出てくる、日本の歴史ではあまりにも有名な(?)名前だ。

桜井駅で、ほかのメンバーを待つ間に、駅に設置されている地図を見たりウロウロとしていると、ひょっこりと社長が登場。社長も同じ電車で着いていたようだが、レンタル自転車を探していたとのこと。

やがて集合時間になって、ようやく残りのメンバーも登場。6名(社長は自転車やねんけどね)でのノルディックウォーキング『山の辺の道』編がスタートとなった。

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雨は傘がなくとも気にならないぐらい、霧のような感じになり「晴れるよきっと」なんて口々に言いながら濡れたアスファルトにポールを滑らしたりしながら歩く。

T記者、実は山の辺の道を桜井から天理まで今日一日で歩ききるつもりらしい。
16Kmもあるんやけど・・・・・という我々の心配もなんのその。「時速7Kmで歩けば大丈夫!」と前日までそう言っていただけに、その脚力たるもの、毎度ながら感心するのである。


初瀬川ほとりにやってきて、三輪山が拝めるはずが・・・・・・霧のベールに包まれて見れない(ToT)

しかし、このしっとりとした春の情景もよいかも。

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川原で練習をしていた野球少年達がマラソンをしながら、すれ違う一人ひとりが「おはようございます」と爽やかな挨拶をしてくれる。もうそれだけでも朝の空気が数倍美味しいものだ。気分も清々しい。

初瀬川(大和川水系のひとつで、その中流あたりです)を渡る橋の手前にある海石榴市の解説板で、T記者の解説を聞き入る。

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さらに橋を渡り、今度は仏教伝来の地といわれるこの場所の解説板が・・・・・
そこでもT記者の解説に聞き入る。

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最古の道と言われる所以がちょっぴり解った気になる。
しっかり予習をしていた山案内人(S氏)は、T記者の話にかなり突っ込んでいる(が、ちょっり茶化しになってるような(笑)) それにしても私も予習すべきだったかも・・・・と反省。(^^; 話を聞いて「そうなんや!」と思うけど、
全体像がつかめていないから、記憶にとどめていれない(^^;せっかくT記者の話を聞いているのに・・・・勿体無い。

初瀬川のほとりはサクラが満開。しかも朝からの小雨で人もいない。
桜と春の雨の匂いを嗅ぎながら、ポールで先へと歩く。

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山の辺の道にはいったところで、また桜が華やかなポイントに着く。

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金屋の石仏が安置されている場所である。

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さらに次へのポイントへとT記者が足早に進む。

そして、T記者が「みんなに見せたかった」という場所へ到着。
そこは一般に出回っている山の辺の道のMAPには載っていない『磯城瑞籬宮跡』である。

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解説によるとここに崇神天皇の皇居跡と言われるらしい。そしてこの崇神天皇(10代目)がここからヤマトの国づくりを始めたという説があるそうだ。前日に天皇の系譜図を参加メンバーに配っていたので、それを見ながら話を聞く。系譜図にもあるようにこの天皇は『御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらのみこと)』また『御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)』と称されているように、国を始めた天皇では?と言われるのだそうだ。(と、私は解釈したけど ^^;)

その古代の面影もないひっそりとしたこの場所。

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いったいどんな人々がこの地で行き交い栄華を誇っていたのだろう。
同じ道を幾人の古代人が通ったのだろう。奈良は歴史がとても奥深い。

NW days 春の色 [ノルディック・ウォーキング]

先月、会社の仕事がらみで「ノルディック・ウォーキング」を始めた。
日本に入ってきて10年ほど経つ、専用のポールを使ったフィットネス感覚のウォーキングだ。

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そもそもは、クロスカントリースキーの選手が雪のないシーズンに強化・維持トレーニングとして行っていたポールランニングが始まり。
1992年にスキーポールをウォーキング向けに開発。ウォーキングの基本である腕をサポートするため、アメリカ人がポールウォーキングと呼び始め、1997年びフィンランドで初めて「ノルディックウォーキング」が発表された。
誰でも簡単に覚えられ、5~10分で運動効果が感じられスポーツとして広まったのである。

このノルディックウォーキングも説明するといろいろあるので、
おいおい勉強がてらに記事にしていこう。(^^;

土曜日は暖かく、ウォーキング日和。

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公園で講習で学んだことの復習にとでかけた。
テキストブックを読みながらオタオタとやってみる。
講師のS氏のように腕をふれない(^^;
タイミングが合わない。
・・・・・・両腕の筋力が落ちているって自分でもわかる。
肘骨折&右乳ガンで腕を使うことをしなくなっているからだ。
(講師のF女史に指摘を受けた。)
前へ大きくふりだせるが、背後に腕が上がらない!

ひと通りのウォーミングアップと初心者向けの練習をこなして公園を一周。

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去年よりはましなのだが、今年もぼんやりとした状態が時折ある。
気づけば、街は春なのだ。と、これまたぼんやり感じる。(笑)

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有料の公園でなく、近所にある公園なのだが、
充分とは言えないが、ここもいろんなシチュエーションを少し味わえる。

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アスファルトだけでなく、野山でも使えるようになっている。
欧州では公園にはノルディックウォーキング用のコースが別に設けられているところが多いそうだ。
写真とか見ていると、景色のいい山間や野原を歩いているシーンが多い。
日本は・・・・・まだまだ認知されていないだけに残念。

それにしても、春の彩りを目にすると、
歩くことをやめてカメラ片手に動かなくなる私。

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頭上では桜がちらほら咲き。

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そしてさらに視線を変えると・・・・

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ああ、フィットネスにならないやん・・・・
歩く時間より、カメラ持ってる時間のほうが長い(笑)
ちなみにこのウォーキングになぜかRICHOのGX100とフォクトレンダーの2機も持参。
はっきり言って、写真撮る気まんまんってことです。(^^;

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帰路に向かう最後に講習で習ったクールダウン。

そして、振り返ると・・・・・

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公園のノラ猫が興味ありげに近づいてきて・・・

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散歩中のわんこにビビってそそくさと退散。

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ってか、こんな写真撮ってるより歩け~!なのだが(^^;

今週末、会社の人達と、「ノルディックウォーキングしながら歩く歴史古道」を楽しむのだ!
その時にちゃんとタイミングよく歩けるのかな?(^^;
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